本当の優しさってなんだろう?偽善や親切、おせっかいとの違い

どうもこんにちは(こんばんは)!PICK UP BLOG管理人のケータです。

突然ですがわたくしには、日頃から自分の子供たちに言っている言葉があります。

優しさは最強だ

家訓にはしていませんが、とても大事にしている言葉です。

人に優しくできる人はとても素敵に見えますし、自分もそうありたいと日頃から思っています。

だって、女性に「どんな男性がタイプ?」って聞くと、8割以上の女性が「優しい人」って言うじゃないですか!(笑)

ごめんなさい。そんな腹黒い優しさは「本当の優しさ」ではないですよね(笑)

しかし、冗談は抜きにして本当に「優しい男でいたい」と思っているんです。

優しさは連鎖して自分の大事な人たちみんなを幸せにしてくれるものだと思うからです。

優しいって、偽善や親切、おせっかいとは何が違うのか?

今回は、簡単そうで難しい「本当の優しさ」についてじっくりと考えていきたいと思います。

本当の優しさ

優しいの定義って何だろう?

「優しい」という言葉。

よくよく考えてみるととても難しい言葉であり、難しい行為だと改めて思いました。

人に何かをしてあげたり、物をあげたりなど、普段の生活の中で何気なくしている「優しさ」ですが、自分が優しさだと思ってやっていたり言ってみたりしたことも、受け取る側が違う受け取り方をすればそれは「優しさ」ではなくなってしまう感じがしませんか?

例えば親切という行為。

親切とは、「人情にあついこと。思いやりがあり、人のために尽くすこと」という意味がありますが、受け取り方によっては「余計なお世話」にもなってしまいます。

そしておせっかいという行為。
「相手が求めていないことまで手伝ってしまう」

要は優しさの押し売りのような行為です。

どちらも「あなたの役に立ちたい」という優しさからくる行為なのですが、相手がそれを求めていなければ「逆効果」になってしまうのです。

ちなみに「偽善」というものは、「うわべだけの優しさ」のことを言います。

本当はこんなことやりたくないけど、優しくすることで自分の株が上がる可能性があるという腹黒さを秘めている行為です。

例えば目の前でおばあさんが荷物を落としてしまい拾えずに困っているとして。

偽善者は「めんどくさいけど自分が拾ってあげればそれを見ている人たちに良い印象を与えられる」という計算のもと、おばあさんのところに向かいます。

これがもし、おばあさんと自分だけという「第三者がいない状況」だった場合はどうするのでしょうか?

ここが今回の「本当の優しさ」というテーマにおけるポイントになるような気がするのです。

混ざりっけなしの偽善者であれば、間違いなくおばあさんをスルーして通り過ぎてしまうでしょう。

混ざりっけなしの偽善者ってなんか変な言い方ですが(笑)

「偽善だっていいじゃない!やらないよりはマシ!」という事を言う人もいますが、個人的にはあまり良いイメージが沸かないんですよね・・・。

ただ、すべての偽善者に対して良いイメージが沸かないかというとそうでもないんです。

いるじゃないですか!明らかに周りの評価目当てで優しさをアピールする人(笑)

なので、偽善者といっても、100%偽善で動いてる人ばかりではないと思いますし、少しでもその行為に本当の優しさがあったのならばその偽善は意味のあることだと思うんです。

まだ「本当の優しさ」って何なのか結論が出ていないのにその言葉を使ってしまいましたね。

それでは、そろそろ「本当の優しさ」の結論を出してみましょうか。




本当の優しさとは一体何なのか?

本当の優しさ

管理人ケータが思う「本当の優しさ」とは

見返りを求めずに自然と出る相手を想う言葉や行動」だと思うのです。

優しさというのは、自分自身に向けたものではなく、常に対象者がいます。

その対象者が自分の投げかけた言葉や行動でどのような気持ちになるのかは、正直なところわからないのです。

自分以外の人間の気持ちを完全にコントロールするなんてことは絶対にできないのですしね。

ということで、自分の優しさでもし相手が「ありがた迷惑」とか「余計なお世話」とか「偽善者」とか思ったりしてもそれはそれで仕方のないことなのです。

自分の優しさでありがた迷惑や余計なお世話、偽善者と思われない言葉や行動ができるかどうかは、人生の経験を深めれば深めるほど精度が上がっていくはずです。

「もしありがた迷惑って思われたらどうしよう・・・」

「余計なお世話だと思われたらどうしよう・・・」

「偽善者と思われないかな・・・」

そんな負の感情は持たなくてもいいですし、そんな負の感情のせいでそれからの人生においての「本当の優しさ」を躊躇してしまう事がないようにしてほしいと思うのです。

もしも優しさが裏目に出てしまったら

「あ~もっと相手の気持ちをよく読み取るべきだったな~」と反省して、次からもっと「優しさの精度」を上げられるようになればいいのです。

そんな風に、長い人生の中で「相手を想い出てくる自然な優しさを相手がどう思うのか」という精度を上げていくことができれば、「めちゃくちゃ優しい人」になれるはずです。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

本当の優しさをまとめると

見返りを求めずに自然と出る相手を想う言葉や行動

ということになります。

そして

自分の優しさが「ありがた迷惑」とか「余計なお世話」とか「偽善者」とか思われてもそれはそれで仕方ない

相手を想い出てくる自然な優しさを相手がどう思うのかという精度を上げていく

というのもポイントです。

皆さんもぜひ、無意識に出る「本当の優しさ」を相手がどう思うのだろうかとか怖がらずに、たくさん言葉にしたり、行動をしちゃいましょう。

優しさは連鎖していくもの

そして「優しさは最強」なのですから。